大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

富山地方裁判所高岡支部 昭和49年(ワ)87号 判決

《住所省略》

原告 竪月商店こと 竪月清太郎

右訴訟代理人弁護士 松波淳一

同 鍛治富夫

同 山本直俊

同 木沢進

同 青山嵩

同 葦名元夫

同 黒田勇

《住所省略》

被告 日本ゼオン株式会社

右代表者代表取締役 大西三良

右訴訟代理人弁護士 田平宏

同 星二良

同 古沢昭二

同 原慎一

同 志鷹啓一

右訴訟復代理人弁護士 内山弘道

《住所省略》

被告 日本曹達株式会社

右代表者代表取締役 森沢義夫

右訴訟代理人弁護士 足立邦夫

《住所省略》

被告 東亜合成化学工業株式会社

右代表者代表取締役 増田完五

右訴訟代理人弁護士 有竹光俊

同 小林秀正

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは原告に対し、各自金二〇〇〇万円とこれに対する昭和四八年六月二七日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

主文と同旨。

第二当事者の主張

一  原告の主張

(請求原因)

1(一) 原告は、戦前から氷見海域でとれる魚類の加工、販売をする海産物問屋兼小売加工業者である。

(二) 被告らは、いずれも小矢部川沿岸に化学工場を有しており、被告日本ゼオン株式会社(以下、被告日本ゼオンという。)は昭和三一年から、被告日本曹達株式会社(以下、被告日本曹達という。)は昭和九年から、被告東亜合成化学工業株式会社(以下、被告東亜合成という。)は昭和六年から、いずれも化学製品製造の過程において触媒等に水銀を使用していた。

2 侵害行為

被告らの右各工場は、化学製品の製造過程から生ずる廃液を小矢部川へ放流し続けていたが、右廃液中には、水銀及びその化合物が混入しており、右は小矢部川を流下し、氷見海域(主に富山湾の西側部分で、昭和四八年六月二六日環境庁より水銀汚染調査地区に指定された海域及びその周辺)などに流入したため、同川下流・同海域の底泥及び同地域に棲息する藻類、魚介類を始めとする全生物を継続的に汚染した。

3 責任原因

(一) 工作物責任(民法七一七条)

被告らの各工場は、廃液濾過ないし沈澱装置を経て廃液を放流していたが、右は水銀及びその化合物を除去するに必要十分な性能を有していなかったのであるから、土地の工作物たる濾過ないし沈澱装置には、設置又は保存に瑕疵があった。

(二) 不法行為責任(民法七〇九条)

被告らは、水銀を含んだ工場排水を小矢部川に放流すれば、日本海側では有数の漁場である氷見海域の魚介類を汚染することにより、これら魚介類に被害が生じ、あるいはこれらに対する食品としての評価が低下することを認識し、又は認識しうべきであったのに、故意又は過失により水銀を十分に除去することなく漫然と小矢部川に放流したのであるから、その不法行為責任は明らかである。

4 損害

(一) 被告らの廃液放流により、戦前から小矢部川の漁業は不振となり、戦後も、廃液による汚染は被告らの生産量の拡大に伴って増大した。昭和四一年から四二年にかけて富山県で実施された水銀汚染調査で、かなりの総水銀が検出され、次いで昭和四二年から四三年に、小矢部川の川魚から水銀が検出されるに至り、更に昭和四八年五月から六月にかけて氷見海域の魚から有機水銀を含む総水銀が検出され、昭和四八年六月二六日、環境庁より全国九地区の水銀汚染調査地区の一つに氷見海域が指定されるに至った。又、右のような汚染魚の報告があいついだため、同月一五日、金沢市中央卸売市場が氷見産のコノシロ六七一キログラムの入荷を停止して返品し、これらのニュースが全国に報じられた。

(二) そのため、氷見海域の魚の食品としての評価は暴落し、昭和四八年六月下旬から、原告の製造加工した製品は氷見産と表示してあることにより汚染海域の食品で食用に不適なものとして、顧客であった全国各地の海産物問屋から取引停止や返品措置を受け、営業が不能となった。

(三) 原告は大正四年頃より水産加工業に従事し、桜干、丸干等の干魚の加工販売をなしてきた。原告においては、桜干は主に冷凍アジ、イワシを原料とし、年間を通じて仕入れ、加工・販売をなしているが、最盛期は六月ないし九月頃に加工・販売する。また丸干は、イワシ丸干、サンマ丸干、タレ丸干、サヨリ丸干、かます丸干、いか丸干、とび丸干などの種類(これらは製造方法、過程が同一である。以下一括して「イワシ等丸干」という。)があり、主に一二月ないし三月頃にこれら鮮魚を仕入れて加工し、引き続き九月頃までに販売する。かわさ丸干(右「イワシ等丸干」とは製造方法が異なる。)については例年一一月、一二月頃に仕入れた鮮魚を冷凍保存して主に六月ころから加工し、七・八月にかけて販売してきた。

昭和四八年も原告は順調に操業中であり、同年六月までにはイワシ等丸干全部と桜干、かわさ丸干の一部はすでに加工して、うち販売した分を除く残りの製品及び原料鮮魚を冷凍保管していたところ、前(一)、(二)項記載の経緯で、同年六月下旬以降営業取引が不能となったため、右干魚の販売ないし正常価格による販売ができなくなり、これによる得べかりし利益の損失及びこれに伴う測り知れない精神的苦痛を蒙った。

その損害額は以下のとおりである。

(四) 損害額

(1) 逸失利益 金一四六〇万四四五三円

① 桜干の逸失利益 金一一四〇万〇三六五円

原告においては、冷凍アジ・イワシ四〇キログラムから一〇キログラムの桜干ができるが、昭和四八年六月下旬の時点で別表(1)のとおり既入庫分及び入庫予定分(同年七月二一日までに入庫済み)合計五万三三五四キログラムの冷凍アジ・イワシを保有していた。よってこれを加工すれば一万三三三八・五キログラムの桜干ができ、また右の加工・販売に伴う経費は当時において、桜干一キログラム当り人夫賃一〇〇八円、砂糖代六〇〇円、箱代二八円、運賃一五円、販売委託手数料一三二円の計一七八三円であり、また前年同時期の桜干一キログラム当りの平均価格は二四〇〇円であった。

従って、原告が前記冷凍アジ・イワシを加工・販売して得ることのできた利益(後記被告らの主張に対する反論3(二)のとおり、右保有冷凍魚の一部につき加工販売した事実があるが、これについては同記載のとおり、右加工・販売経費にもみたないものであったので損害額の算定にあたっては販売不能の場合と同様にみたものである。)は、少なくとも桜干一キログラム当りの前年の平均価格金二四〇〇円に、食料品に関する昭和四八年七月の対前年同月比の卸売物価上昇率(以下、単に卸売物価上昇率という。)一一・四四パーセントを物価スライドさせた金額二六七五円から前記加工販売に伴う経費一七八三円を差し引き、これに製品数量一万三三三八・五キログラムを乗じて得た金一一八九万七九四二円から後記被告らの主張に対する反論3(一)(2)記載の養殖「ハマチ」用餌代金から運送賃を引いた手取り額四七万二一二五円を差し引いた金一一四〇万〇三六五円を下らない。これを数式に示すと次のとおりである。

53,354kg×10kg/4.0kg=13,338.5kg(加工しうべき桜干の数量)

2,400円×(1+0.1144)=2,675円

(2,675円-経費1,783円)×13,338.5kg=逸失利益11,897,942円

11,897,942円-497,577円=11,400,365円

② イワシ等丸干の逸失利益 金一四三万四〇八八円

原告の昭和四八年六月ないし七月上旬におけるイワシ等丸干の製品在庫数は別表(2)のとおり一六二〇キログラムである。ところで、イワシ等丸干の価格はイワシ(マイワシ)丸干が最も価格が安いところ、前年同時期におけるイワシ丸干一キログラム当りの平均価格は八五〇円であり、また原告では同丸干の販売に伴う経費はいずれの丸干においても当時一キログラム当り運賃一五円、販売委託手数料四七円の計六二円であった。

従って、原告が右丸干を販売して得ることのできた利益は、少なくともイワシ丸干一キログラム当りの前年の平均価格八五〇円に、卸売物価上昇率一一・四四パーセントを物価スライドさせ、これから前記販売に伴う経費六二円を差引いた金八八五円に前記在庫数を乗じて得た金額金一四三万四〇八八円を下らない。これを数式に示すと次のとおりである。

{850円×卸売物価上昇率(1+0.1144)-経費62円}×1620kg=逸失利益1,434,088円

③ かわさ丸干 金一七七万円

原告においては、昭和四八年六月下旬の時点において別表(3)のとおり、加工ずみのかわさ丸干一六〇八キログラムと冷凍かわさ一万一〇一五キログラムを保有していたが、原告では右冷凍かわさ三キログラムにつきかわさ丸干六〇〇グラム(一箱)ができ、右の加工及び販売に伴う経費は同丸干一箱当り人夫賃二四円、食塩等四円二五銭、箱代二三円、運賃八円、販売委託手数料一八円の計七七円二五銭でありまた前年同時期のかわさ丸干一箱当りの平均価格は三〇〇円であった。

従って、原告が右丸干を販売ないし加工販売して得ることのできた利益は、少なくとも同丸干一箱当りの前年の平均価格に卸売物価上昇率を物価スライドさせて得た金額三三四円三二銭から、

すでに加工ずみのものについては、運賃と販売手数料の計二六円を差し引き、これに在庫数一六〇八キログラム(二六八〇箱)を乗じて得た金八二万六二九七円、

冷凍かわさについては、前記加工・販売に伴う経費七七円二五銭を差し引き、これに製品数量二二〇二・六キログラム(三六七一箱)を乗じて得た金九四万三七〇三円、

の計金一七七万円を下らない。これらを数式に示すと次のとおりである。

{300円×卸売物価上昇率(1+0.1144)-経費26円}×2,680箱=826,297円

{300円×同上(1+0.1144)-同上77.25円}×(11,015kg×1箱/3kg)=943,703円

+=逸失利益1,770,000円

(2) 慰藉料 金四五〇万円

氷見海域で捕獲されるアジ、イワシ等の加工製品は、「氷見産」として全国的に品質、味ともに評価の高い製品であるが、とりわけ原告の加工製品はその中でも最高級品として評価されてきており、原告の製品はその殆どが、大阪魚市場株式会社(大阪)、中部水産株式会社(名古屋)、株式会社大阪水産(大阪)、神戸海産株式会社(神戸)、丸福食品株式会社(東京)等の大手海産物市場及び問屋に納入され、それらの問屋等を通じて東京、大阪の三越、高島屋等の大手デパートらに納品されていたところ、被告会社の汚染行為を原因とする前述の一連の経過によってその名声を著しく毀損され、また、原告は大正四年頃より六〇年にわたってこれらの加工販売に従事してきて、特に昭和四八年は多額の設備投資をし、加工人夫を三五人増やすなどその事業を拡張した矢先であっただけにその痛手は極めて大きく、正常な操業ができなくなって殆ど営業不能の状態においこまれたため、加工人夫が激減し、人員の回復ができないまま経営不振がその後も継続するなど、原告の蒙った精神的苦痛は測り知れず、到底前記逸失利益の填補のみでは右苦痛を慰藉できるものではない。

従って、右精神的苦痛を慰藉するには少なくとも金四五〇万円が相当である。

(3) 弁護士費用 金一〇〇万円

原告は本件損害をうけて以来、被告各会社に対しその賠償を要求してきたが、原告が提訴した調停においても、被告各社は一旦右賠償金の支払いの意思を見せながら、ついにその意を翻して右調停を不調に終わらすなど全く誠意が見られず、かつ公害事件という事案の困難さ等から、原告はやむなく原告代理人弁護士らと訴訟委任契約を締結し、日弁連報酬規定の範囲内で金一〇〇万円の報酬を支払うことを約した。

(4) 損害額総計 金二〇一〇万四四五三円

(五) よって、原告は被告ら各自に対し、右損害額総計金二〇一〇万四四五三円のうち金二〇〇〇万円の損害賠償の支払いとこれに対する不法行為の日の後である昭和四八年六月二七日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(被告らの主張に対する反論)

1 後記四1の主張(汚染していない)について

本件は水銀という国民にその毒性があまねく知れわたっている汚染物質の問題であり、しかもことが食物に関することだけに、そのような危険性を有する水銀に汚染されているかもしれないという嫌疑を受ければ到底食品として販売することは不可能となってしまうのであって、被告三社の継続的汚染行為は、汚染影響範囲に棲息する魚介類が水銀等に汚染されているのではないかと疑わせるに十分であった。この意味で被告らが氷見海域の魚介類を汚染したことは明らかである。

なお被告らは、自然界に水銀が存在したとか水銀農薬が使用されているとか主張するけれども、昭和四八年の水銀パニック及びそれに伴う原告の損害は、被告三社らの苛性ソーダ製造工場・塩化ビニール製造工場に由来する人為的汚染が問題となって発生したものであって、自然界の水銀や水銀農薬が問題となったのではなかったのである。

2 後記三2、四3、五3の主張(因果関係がない)について

被告らは、原告の蒙った損害は政府の杜撰な行政行為やマスコミのセンセーショナルな報道が直接の原因であると主張するが、それらは被告らの違法な汚染行為があってはじめてもたらされたものであり、しかもそれは国民の身体生命の安全を守るためには不可避的な行為であったものである。政府の行政措置、マスコミの報道、水産市場の荷受拒否等は、被告らの汚染行為があれば一般経験則上かなり頻繁に生起するものであり、その周辺の人々が社会通念上一般的にもしくは不可避的にとる行動であって、右事実によって因果関係が切断されるものではない。

3 損害について

(一) 廃棄処分等について

(1) 品質保存期間

アジ桜干の原料である冷凍アジ・イワシの品質保存期間は約一年間であり、この期間を経過すると徐々に脱水状態となり、約一年半も経過するとほとんど脱水し、魚自体が白くなって食用に適さなくなる。イワシ等丸干(製品)の品質保存期間は加工後約三~一〇ヶ月で、これを経過すると腐臭を発散しはじめ、丸干自体も赤味を帯びて商品価値はなくなる。

かわさ丸干については、原料である冷凍かわさは漁獲後約半年、製品は加工後約一ヶ月間品質が保存されるが、これ以上経過するといづれも臭いが生じ脱水状態になって色が白くなり価値はなくなる。

(2) 廃棄処分等の措置

原告においては、正常な操業ができなくなっており、後記のとおり一部加工販売したものがあったが、原料及び製品の残り全部については、冷凍保管して市況の回復をまつも市況は容易に回復せず、右各保存期間内における加工販売が不能となり製品価値もなく、冷凍保管料のみかさむので、イワシ等丸干は最終的に昭和五一年一一月頃までにその全部を、かわさ丸干は同四九年一月までに、冷凍かわさは同四九年二月までにその全部を、それぞれ廃棄した。また、冷凍アジ、イワシについては後記のとおり堀与商店等に桜干として販売するため昭和四八年七月以降毎月冷凍庫より出庫したが、実際に原料として使用できたのは出庫した内の半分ほどで残りは変質しているために製品価値がなくそのまゝ原告において廃棄した。

また、保管原料(別表(1)参照)の大半は養殖ハマチの飼料として処分した。これに該当するのは新湊冷蔵保管分の四四三箱(七五三一kg)、高岡製氷保管分の六二九箱(六七四〇kg)の計一万四二七一キログラムである。原告はこれらを昭和四九年一一月二日和歌山県の「勝浦漁業協同組合製氷冷凍工場」に養殖ハマチの飼料として一キログラム当り約四〇円で売却した。これによって得た原告の利益はこの輸送に要した運送賃を差し引いた金四九万七五七七円である。

(二) 訴外堀与商店に対する販売(桜干)について

原告においては桜干丸干等を主に東京、大阪、名古屋、神戸などの各卸売市場へ出荷していたが、富山県内では氷見市の堀与商店に対し、同人からの求めに応じて若干数納品していた。

本件水銀汚染問題の発生後、原告は各市場等より取引停止の措置をうけ都会地の卸売市場への出荷は全て停止されたため、原告の現金収入の道は途絶した。そこで原告はやむにやまれず当座の現金収入をうるため及び加工人夫に仕事を与えつなぎとめるため、右堀与商店に対し主に別表(1)のうち新湊冷蔵昭和四七年入庫分の中から逐次出庫し原料として使える部分を加工しては前記記載の桜干加工経費から同販売委託手数料及び運送賃を差し引いた金額にもみたない安い価格(平均約一五九〇円)で売却したものである。

なお、昭和四九年度にはいり、保管原料をもって加工したアジ桜干を試みに従前の取引市場に出荷してみたが、品質が劣悪で高級商品としての価値はないとの理由で返品されてきた。そこでやむなくそれらの返品製品をこれまで取引のなかった市場等へ一部捨値で叩き売ったが、もちろん採算が合うはずもなかった。

よって、右堀与らとの取引はいうまでもなく赤字取引であって利益は全く生じておらず、むしろ経費にみたない額について損失すらを生じているものである。しかし、原告は既に原料代を出費しているため、これらの採算割れの仕事を余儀なくされたものである。その他別表(1)~(3)の製品及び原料魚を販売ないし加工して販売したことはないから、被告主張のような利益を得、漁夫の利を得たなどの事実は一切なく、これは全く不当ないいがかりにすぎない。

(三) 以上のとおりで、原告は品質保存期間を経過してすでに商品価値のなくなったものを廃棄処分にし、あるいは品質低下で餌用にしかならない原料魚を餌用に売却し、また現金収入や加工人夫のつなぎの必要性から赤字を覚悟で取引をするため、それぞれ冷凍庫より出庫していたもので、出庫の都度正常な価格で販売して利益を得ていたというものではない。むしろ冷凍保管料の増大など必要以上の損害を蒙ったのである。

二  請求原因に対する被告らの認否

1  請求原因1(一)の事実は不知。同1(二)の事実は認める。

2  同2の事実中、化学製品の製造過程から生ずる廃液を小矢部川へ放流していたことは認めるが、その余の事実は否認する。

3  同3の事実中、被告らの工場が沈澱装置を設けていたことは認めるが、その余の事実は否認する。

4  同4(一)の事実中、昭和四二年から同四三年に、小矢部川の川魚から水銀が検出されたこと、氷見地先が環境調査地区の一つに指定されたことは認め、その余の事実は不知。同4(二)ないし(四)の事実は不知。

三  被告日本ゼオンの主張

1  被告日本ゼオンは、排水処理に最善の努力を払ってきており、工作物設置保存の瑕疵はないし、結果回避義務を尽しているので過失もない。

(一) 被告日本ゼオンでは、操業開始以来、塩化ビニル・モノマー合成工程中の、アルカリ洗滌塔からの排水及び床排水を沈降槽に導き、排水中に含まれている懸濁物をここで沈降させ、上澄水を放流することを行ってきた。

(二) しかしながら、被告日本ゼオンはかねてから工程より生ずる排水を系外に排出させない、いわゆるクローズド化を最終目標として研究・検討を重ねていたところ、昭和四二年末に至り、特殊な粉末活性炭による無機水銀化合物の非常に有効な吸着方法を開発し、直ちに、活性炭吸着施設の設計・施工に入り、翌昭和四三年七月これを完成した。この施設は微量の無機水銀化合物を吸着・除去し、その上で処理後の排水を放流するというものであった。

(三) 更に、その後も改良に努めた結果、活性炭吸着塔に排水を通過させる前段階で、凝集沈澱槽を設け、ここで排水に凝集剤を添加させ、排水中に存在する微量の懸濁物をより有効に凝集沈澱させることにより、その後の活性炭吸着処理の効率が一層高められることが判明したため、昭和四五年六月、右凝集沈澱槽を完成させた。

(四) 次いで、昭和四八年七月には従来の処理設備に加え、塩化ビニル・モノマー合成塔とアルカリ洗滌塔との間に、活性炭等を充填した吸着塔を新設し、これにより、無機水銀化合物がアルカリ洗滌塔工程に入る可能性を更に低下せしめた。

(五) 更に、その後も前記クローズド化の研究・検討を重ねた結果、アルカリ洗滌塔からの塩分を含む排水について、塩分を濃縮、晶析させ、これを分離処理することにより、排水を再び苛性ソーダ水溶液の濃度調整用水として使用する方法を開発し、昭和四八年一一月、この設備を新設・稼働させた。この点を更に具体的に述べれば、アルカリ洗滌塔の排水を鋼管架設配管により活性炭充填塔に導き、これを通過させ、存在する可能性のある無機水銀化合物を活性炭に吸着させるという前処理を行い、次いで、前処理済の排水を塩水濃縮晶析設備に送り、副生塩を分離・除去し、残る再生水は再びアルカリ洗滌塔に送り、使用するというものである。このようにして、アルカリ洗滌塔の排水につきクローズド化が完成したが、合成塔付近の床排水についても、これと同時に、凝集沈澱槽、活性炭吸着塔で処理を行った後、塩水濃縮晶析設備を通し、再びアルカリ洗滌塔に送水使用する方法をとるに至った。なお、右塩水濃縮晶析設備稼働に先立ち、昭和四八年九月末以降、予備貯留槽に排水を貯留し、系外に排出しない措置をとった。

2  被告日本ゼオンは、政府の環境調査区域指定について何ら違法な原因を与えていない。

(一) 氷見海域は、政府が魚津・氷見両海域を環境調査区域に指定した昭和四八年六月二五日以前における富山県の数次にわたる水質調査等において問題視されたこともなく、又富山湾内の魚介類に関する厚生省及び富山県当局の調査においても漁獲を制限又は禁止する等の措置をとらなければならないような危険状態の発生のおそれはなく、安全とされてきた。

ところが、政府は、富山県の前記調査結果等を無視して、その根拠も曖昧な指定をし、徒らに右両海域の漁業関係者及び全国的な取引先等に不安を与えた。そのうえマスコミは、「死の海? 富山湾」「小矢部川に水銀たれ流し」等あたかも右両海域の魚介類は食用に供することが極めて危険であるとの印象を与える見出しで報道し、右不安をますます増大する結果を招来した。そして、その原因のすべては被告ら三社であるかの如き報道をされたのである。

その結果、混乱と不安を惹起したが、結局政府の調査結果は富山県の調査結果と同様、右両海域の魚介類は環境基準以下であり、すべて安全であると発表された。

(二) 以上の経緯で明らかなとおり、氷見海域等が政府の環境調査海域に指定された昭和四八年六月二五日以前において同海域の魚介類が漁獲制限又は禁止されるおそれのある状態を被告らが惹起した事実はなく、右指定後の調査の結果安全宣言が発表されたことによって、それが明白に裏付けられたのであるから、被告らが違法な行為をした事実はないし、原告の損害は、政府及びセンセーショナルな報道が専らの直接原因であって、因果関係もない。

3  環境汚染の予防については、企業及び国・地方自治体にその責務があることは勿論であるが、それについて住民は全く無関係ではなく、そのための調査等の予防措置については、これに協力すべき責務があるというべきである。これを明確にしたのが公害対策基本法六条の「住民の責務」に関する規定である。そして、右予防措置のうち、本件の如き調査は、その結果を待って、なんらかの公害防止又は公害排除の措置を講ずる必要があるか否か等を決定するためのものであるから、環境調査区域指定の動機及び富山湾内の魚類になんらの被害もそれ以前に生じていないばかりでなく安全が確認されていること、並びに被告らがその指定をしなければならないような特段の事態をその頃招来せしめたこともない等の事情のもとにおいては、氷見海域沿岸の住民又は同海域で漁獲を業としている漁業者及び加工業者等は、これに協力すべき義務を負う範囲内に入るものというべきである。

4  損害についての反論及び消滅時効の抗弁

(一) 桜干について

原告の冷凍アジの出庫状況、電力使用量及び冷凍アジ・イワシの保存期間からすると、桜干の加工は順調に行われており、廃棄したとは考えられない。

(二) イワシ等丸干について

イワシ等丸干の大部分は出庫されており、一部在庫として残ったものについても、それはすべて原告の管理方法が杜撰であったために起ったものである。

(三) かわさについて

全量加工のうえ販売されており、損害は発生していない。

(四) 原告は、当初慰謝料として金二〇〇万円を請求し、昭和五四年三月一九日付準備書面で金三〇〇万円に増額し、同年一〇月二九日付準備書面で金四五〇万円にそれぞれ増額したが、少くとも増額部分である金二五〇万円については、損害発生時と称する昭和四八年六月から既に五年以上経過しているのであるから、時効によって消滅したというべきである。

四  被告日本曹達の主張

1  被告日本曹達は、氷見海域の魚貝類を汚染していない。

(一) 昭和四八年六月二五日、氷見海域が環境調査地区に指定され、国及び富山県は直ちに環境調査を開始したが、同年一一月九日、富山湾の魚貝類は安全である旨環境庁より公表された。

水銀はもともと自然界にも広く存在しており、又古くから使用されていて、今日では螢光灯、殺菌灯、顔料、計器、消毒、下剤等に使用されてその利用範囲は極めて広く、反面、これらの回収は殆ど不可能である。農薬についても、昭和二八年ころから、米のイモチ病防除を目的として、酢酸フェニル水銀を含む粉剤、乳剤、水和剤などが水田に散布されており、昭和二八年から同四七年までの有機水銀剤使用量(水銀換算)をみると、富山県では約九〇トンであって、これら水銀は当然環境中に残留するものである。

従って、魚介類は勿論殆どありとあらゆる物質に水銀が検出されている。

魚介類については、一般に河川の魚介類は〇・一ppmから〇・四ppm、沿岸魚が〇・〇一ppmから〇・三ppm程度の水銀を含有している。

富山湾海域を魚津、富山、伏木、氷見の四地先八区分に分け、魚介類四五六検体について行った調査によると、海域別に総水銀の平均含有量をみると、魚津地先〇・〇三ppmから〇・一九ppm、富山地先〇・〇四ppmから〇・二二ppm、伏木地先〇・〇三ppmから〇・二一ppm、そして氷見地先は〇・〇二ppmから〇・二五ppmである。右数値は、いずれも国が設定した暫定的規制値〇・四ppmを相当下廻っており、食品としてなんら問題がないことが明らかにされた。

又魚津・氷見産地市場で採取した富山湾産の魚介類についても、五〇魚類一八〇二検体の総水銀の平均は、〇・〇八ppmで、これも暫定的規制値〇・四ppmを大きく下廻っており、総水銀が〇・三ppmを超えた一〇魚類三六検体についても、メチル水銀は、暫定的規制値〇・三ppmを下廻っており、問題がないことがわかり、富山湾の魚介類は安全であるとの結論が出されている。

(二) このように前項の各数値から、富山湾内の魚介類と他海域の魚介類の水銀含有量について比較しても差異はないことが明らかである。

喜田村教授は、この点につき、富山湾はバックグランド値の高い地域であり、水銀工場とは関係ないと言明し、更に水銀の生体内吸収率について、無機水銀は水溶性のものであっても、吸収率は五パーセント以下で腸管を素通りして排泄され蓄積されることはないと発表している。

更に、被告日本曹達の使用している金属水銀は極めて難溶であるうえに、後記排水処理の状況等を考慮すると、被告日本曹達が氷見海域の魚介類を汚染したといえないこと明らかである。

2  被告日本曹達は、排水処理に万全の措置をとってきており工作物設置保存の瑕疵はないし、結果回避義務を尽しているので過失もない。

(一) 被告日本曹達の排水処理について

被告日本曹達は、苛性ソーダの生産開始以来、排水中の金属水銀の回収技術の開発に努力し、沈降槽のほかに、鉄還元法、鉄還元法と活性炭による併用、選択性水銀吸着樹脂たるMEP、ALM使用等ソーダ工業界において、最高の技術を開発し、排水中の水銀回収を行ってきた。

(1) 沈降分離法(昭和九年一〇月から同四二年六月まで)

水銀は、比重が一三・六と極めて重い金属であるうえに、難溶であるという物理的性質を利用し、排水中の微量水銀を沈降分離させていた。施設としては、第一次沈降槽(八二平方米)と第二次沈降槽(二四七立方米)があり、電解工程からの排水を、数個のピットからこの二つの沈降槽に順次入れ、金属水銀を沈降させたのちの上澄水を放流していた。その上澄水に含まれている水銀は約〇・〇五ppmであって、排水量は、昭和九年から昭和二〇年まで一日約一五立方米、その後昭和三〇年で約六〇立方米、昭和四二年で約二六〇立方米と少なく、沈降分離法で十分であった。従って右上澄水を河川に放流しても魚介類に対する影響は全く考えられない。

(2) 鉄還元法による処理(昭和四二年七月から同四六年一〇月まで)

排水量の増加に対処するため、被告会社は昭和四〇年より沈降槽で処理した後の排水に含まれているごく微量の水銀を更に回収する研究をすすめ、同四二年に鉄還元法の開発に成功し、同年七月よりその方法を採用した。その方法は、排水をまず沈降槽に入れて、金属水銀を沈降分離させ、沈降槽を経た上澄水を中和槽に送り、そこでPHを調整して微量の水銀を金属によって回収させるため、鉄屑の入れてある処理槽に入れる。そして送風機で空気を送り、水を激しく撹拌し、排水を鉄屑とよく接触させ、右処理槽に沈降させ除去するものである。この鉄還元法によって処理された排水中の水銀は〇・〇〇八ppmから〇・〇一六ppm程度となった。

(3) 鉄還元法と吸着剤(活性炭)による処理(昭和四六年一一月から同四七年八月まで)

更に被告会社は、活性炭による水銀の吸着法を併用し昭和四六年一一月から実用化した。その方法は、鉄還元法によって処理した排水にも鉄さびと微量の水銀が随伴される可能性があるので、更に二基のリーフフィルターで固型物を除去した後調整槽で酸性にし、活性炭を入れた吸着塔で残留水銀を除去するものである。これによって、排水中の水銀は、不検出となっている。

(4) MEP吸着剤による処理(昭和四七年九月から同四八年九月排水クローズド化まで)

そして昭和四七年九月からは、従前採用していた鉄還元法をやめ、自社開発した選択性水銀吸着剤MEPをもちいて排水処理を開始した。その方法は、電解工程からの排水を、まず沈降槽で金属水銀を沈降分離させ、中和槽に入れ、その後リーフフィルターを通し、吸着塔(MEP)にて残留水銀を除去するものである。このようにして水銀除去方法は順次改善されてきた。更に被告会社はその後もALM(MEPより強力な吸着剤)を開発し実用化している。

(5) 以上のとおり、被告日本曹達の排水処理施設は、常に業界での最高技術を駆使し、排水処理に万全を期して来たものであって、何ら問題はない。

(二) 事実、昭和四三年以来、富山県が被告日本曹達の排水を数次にわたって調査してその安全性を確認しており、昭和四八年一一月九日環境庁からも調査結果が発表され、工場排水に問題はなく、かつ魚介類も安全である旨の安全宣言がなされている。よって右結果からみて、原告の被告工場施設に設置保存の瑕疵があったとの主張は否認されるべきである。

更に、工作物の設置保存の瑕疵の判断は、技術上防止設備の設置保存(防止行為)が可能であるのにそれを欠き、防止設備等なすべき義務の懈怠、安全保持義務の懈怠が客観的に認定される場合に、瑕疵を認定すべきである。被告会社の排水中に金属水銀が微量含有されていたとしても金属水銀の性質、量から判断して環境に出ても生物、人体に影響を与えることなく、且つ排水中の金属水銀をそれ以上に除去することは当時として技術的に不可能であったものであるから、被告会社の工場施設に設置保存の瑕疵があったとの原告の主張はこの点からしても失当と言うべきである。

3  原告の損害と被告日本曹達の排水との間に因果関係がない。

仮に原告に損害があったとしても、それは、昭和四八年五月二二日熊本大学による第三水俣病発生の発表を契機としてその事実を確認することなく、実体を無視した杜撰な魚介類摂取の具体的指導方針の公表をし、同時に被告日本曹達の操業状況とは関係なく、水銀使用工場が近くに存在するということで漁場海域の環境調査を実施した政府の行政行為と、水銀問題について真実の報道とはほど遠いマスコミのセンセーショナルな偏向報道によるものであって、被告日本曹達の責によるものではない。

4  損害についての反論及び消滅時効の抗弁

(一) 原告は、昭和五三年一二月一一日になって、①桜干の原料である冷凍アジ・イワシの中には冷さわ・冷ふぐが含まれている②イワシ丸干とは、サンマ・サヨリ・イカ等の丸干・煮干・開干等の総称である③かわさ丸干の中には桜干も便宜含めていると請求原因を変更してきた。右主張は、当初から主張すべきであって、訴訟完結の遅延をきたすこと明白であり、時機に遅れた主張であるから、民訴法一三九条一項により却下すべきである。

(二) 桜干について

水銀問題が惹起されて以後も、原告は原料を購入し続けており、原告の電力使用量も前年度と比較して差はないので、廃棄又は飼料として売却したとは考えられず、むしろ積極的に加工して販売していたものである。

(三) イワシ等丸干について

原告が昭和四八年七月二五日現在保管していたイワシ等丸干一九一個のうち、七一個は既に保存期間を過ぎていて商品価値を失っており、二一個は原告の管理ミスであり、残りの九九個は商品として品質的に支障のない期間に出庫されているのであるから当然販売されたものと考えられる。

(四) かわさ丸干と冷凍かわさについて

かわさ丸干については、全量昭和四九年一月に営業用に出庫された。冷凍かわさについては、全部凍結冷蔵していたので長期保管が可能であって、廃棄の必要性はない。六月末日現在の冷凍かわさは当年の加工期を既に過ぎており翌年の加工期である二月に出庫されているのであるから、加工され販売されたと考えられる。

(五) 慰謝料については、原告は、当初金二〇〇万円と主張し昭和五四年一二月二六日付準備書面で金四五〇万円に拡張しているが、拡張部分については、時効によって消滅している。

五  被告東亜合成の主張

1  被告東亜合成は、排水の処理に関して、排水中に含まれる物質の性状、排水程度に応じ、必要かつ十分に結果回避義務を果している。

被告東亜合成の苛性ソーダ製造工程で使用される水銀は有機水銀ではなく、無機水銀であり、又いわゆる水銀クローズド方式で循環使用するから、使用された水銀そのものが排出されることはない。ただ製造設備機械を洗滌した水の中にそれら製造設備に附随していた水銀が極めて微量移行する可能性がないとはいえないので、排水処理について今日まで設備の改善に努力してきた。特に昭和四三年三月、富山県より小矢部川流域の魚類の採捕自粛要望がなされて以来(この要望は、水質・水銀量などを検査の結果、同年六月に解除された。)、昭和四八年九月に至るまで数次にわたり処理設備の改善をなしてきた。

又、排水の処置に関しても、絶えず行政官庁の指導や法の規制を忠実に遵守し、かつ最大の注意を払い高度の技術を駆使して基準値以下に排水を管理してきたし、調査の結果、富山県、国などの安全宣言が次々に出されたのであるから、工作物設置保存の瑕疵はないし、過失もなかった。

(一) 洗滌水の排水処理設備の変遷について

(1) 昭和六年四月より昭和四二年七月まで

M工場(電解工場)槽及びMR工場(旧電解工場)槽に、一〇立方米のタンク(ピット)一基宛を設置し、ここに両工場の洗滌排水を導入し、含まれている可能性の微量水銀を沈澱させ、その上澄液を国鉄氷見線の路線に添って水路を作り、市の下水路に排水した。

(2) 昭和四二年八月より昭和四三年四月まで

昭和四二年八月濾過設備を増強し、(a)活性炭をプレコードした三進濾過機一〇平方米一基、一五平方米一基を設置し、(b)更に濾液を沈降槽No.1とNo.2とに送り重力沈降を行った。

(3) 昭和四三年五月より昭和四八年九月まで

沈降槽を連続沈降方式にあらため、また薬液による処理を行い、更に活性炭塔を設置し、処理方法の増強を行った。

(4) 昭和四八年九月より昭和四九年七月まで

昭和四八年九月に洗滌水の排水のクローズド化が完了した。即ち、活性炭塔三立方米一基を増設して二段とし、処理水受槽一五〇立方米一基を増設して排水を循環使用することとした。洗滌水はM工場→排水受槽→処理工程→活性炭塔→処理水受槽→M工場となり、循環使用されている。

(5) 昭和四九年八月

キレート樹脂塔一基を新設した。

以上のとおり、被告東亜合成高岡工場は洗滌水の排水中に含まれる可能性のある微量の水銀につき、誠意をもって積極的に、順次その除去設備を増強して、処理対策を行って来た。

(二) 水銀の法規制と排水中の水銀値の減少について

水銀についての法規制の変遷と被告工場の排水中の水銀値を比較して表に示すと別表(4)のとおりである。

(三) 苛性ソーダ等の生産にともなう水銀使用量、水銀消費量について

被告会社は、富山県庁に対し、昭和四八年三月を期日として、昭和六年四月より、昭和四八年三月までの苛性ソーダ生産量とそれに伴う水銀使用量、水銀消費量等の調査報告をした。その内容は別表(5)のとおりである。

従って、昭和六年四月から昭和四八年までの四二年もの長期間に亘って洗滌水に含まれて工場外に出た水銀の量は七一四キログラムに過ぎない。

また水銀消費量は、製品、排気、排水、系内滞留のほか廃棄物として処理されたものをも含むものであり、消費量全量が洗滌水に含まれて放流されるものではない。

2  被告東亜合成の塩化ビニル製造設備からは、水銀は流出していない。

被告東亜合成の塩化ビニル製造設備(二上分工場)では、昇汞(塩化水銀)を触媒として塩酸ガスとアセチレンガスを反応させて塩化ビニル・モノマーを作り、次にその塩化ビニル・モノマーを水洗して未反応塩酸ガスを除去し(未反応塩酸ガスは水に吸収されて稀薄塩酸となる)、製品としての塩化ビニル・モノマーとしていた。この稀薄塩酸には微量の水銀が随伴する可能性があるが、被告東亜合成においてはこの稀薄塩酸を工場外へ排出することなく、高岡工場(伏木)の苛性ソーダ製造用の原料塩水の調整用に全量使用しており、系外には一切排出していない。

3  被告東亜合成の排水行為と昭和四八年六月に富山湾が国の水質調査地域に指定されたこと並びにそれに伴う原告主張の損害との間には、相当因果関係がない。

(一) 被告東亜合成は、前記1(一)ないし(三)のように、排水処理に注意を払い、水質の調査等も常に法規や行政指導に先んじて行ない、排水の清浄化に努め、安全性を確認してきたのであって、氷見海域の汚染を続けてきたことはないから国の調査区域指定及び原告の損害に対して、何ら原因を与えていない。

(二) 仮に被告東亜合成の排水行為が何らかの原因を与えていたとしても、以下の事実を併せ考慮すれば、相当因果関係の範囲外であって、責任を負うべき筋合いはない。

(1) 自然界に水銀の分布することは公知の事実である(前記四1(一)で被告日本曹達が主張するとおり)。

(2) 有機水銀農薬の散布 富山県の調査結果によると、富山県下に昭和二七年から四二年までの一六年間に農薬として、フェニル水銀系農薬(イモチ病防除用)がフェニル水銀換算で四八・四トンもの多くが使用散布され、うち小矢部川流域に一六・六トン使用され、又、有機水銀剤(種子消毒用)が同年間に水銀換算五二三キログラムうち小矢部川流域に一七八キログラム消費されている。これらの水銀は、そのいずれもがただ田地に使用散布されたに止まり、回収管理などは全くなされない農薬である。これらが土壌に浸透し、小矢部川に流出して水銀検出量を高める大きな原因を形成したことは疑う余地がない。

(3) 富山湾に流れ込む河川の流域に所在する工場で水銀を使用していた会社は、被告ら三社だけではなく、訴外鉄興社、日本カーバイド工業(株)、富山化学工業(株)、中越パルプ(株)、十条製紙(株)があった。そして原告主張の如く、富山湾に東から西に流れる海流があれば、氷見海域にこれら工場の排水は自然に流れ行く結果となる。

(4) 環境調査地区の指定は、結局、専門家である医師達の軽卒な情報提供に基づく有明海、徳山湾などの第三水俣病報道、マスコミのセンセーショナルな報道と一部行政の不手際などの要因が重なって、いわゆる水銀騒動が起きた結果、行われたものであった。

4  損害についての反論

(一) 原告は、昭和五三年一二月一一日付準備書面をもって、①桜干の原料である冷凍アジ・イワシの中には冷さわ・冷ふぐが含まれている②イワシ丸干とは、サンマ・サヨリ・イカ等の丸干・煮干・開干等の総称である③かわさ丸干の中には桜干も便宜含めていると請求原因を変更してきた。右変更は、既に立証もかなり進んだ段階で、かつ損害額の計算基礎においても計算方法においても当然変更となるので、時機に遅れたものであるから、民訴法一三九条一項により却下されるべきである。

(二) 桜干について

(1) 原告は昭和四八年七月中にも原料魚を順調に入庫したが、それは、氷見附近の定置網でとれるアジ・イワシばかりだったのであり、地理的にみて買入れと入庫とが時間的に大きくずれることはあり得なかった。従って、売れない魚なら仕入れを停止することは容易だった筈であるから、原告は調査水域の指定に関係なく原料魚を低価格で買付け、販売したものである。

(2) 原料魚については凍結処理がなされ、長期間の保存が可能であったし、加工製品についても急速な市況回復があったので、原料魚を廃棄したり、ハマチの飼料として処分しなければならないような必要性は全くなかった。

(三) イワシ丸干について

仮に保存期間に関する原告の主張が正しいとすれば、原告が昭和四八年七月二五日現在冷蔵会社三社に保管していたイワシ等丸干一八〇個のうち、その約三分の一にあたる六一個は昭和四八年七月時点で既に商品価値を失っており又二一個は原告の出庫管理の杜撰さから長期在庫となったもので、併せて八二個の責任は総て原告にある。残りの九八個は正常に出庫販売された。

(四) 冷凍かわさとかわさ丸干について

原料である冷凍かわさについては、全部凍結冷蔵をしていたので長期保管が可能であり、何ら廃棄の必要性はない。かわさ丸干については、おおむね六ヶ月後には出庫されており、鮮魚及び加工製品市況の早急な回復ぶりからして、営業用に出庫されたと考えられる。

第三証拠《省略》

理由

第一当事者

1  原告

原告本人尋問の結果(第一、二回)によれば次のことが認められる。

原告は、富山県氷見市において、干魚類加工工場を有し、魚類の加工・販売をする海産物加工販売業者である。原告は、大正六年ころからその営業をしてきたが、本件水銀問題のあった昭和四八年ころは、従業員約三二、三人を雇い、主として氷見漁港に水揚げされるイワシ、アジ、カワサ(カワハギ)、カマス、サヨリ等の鮮魚を仕入れ、それらを丸干し、開干し、桜干しなどに加工して、主として大阪、神戸、名古屋等に販売していたものである。

2  被告ら

被告日本ゼオン、同日本曹達、同東亜合成はいずれも小矢部川沿岸に化学工場を有しており、被告日本ゼオンにあっては昭和三一年から、被告日本曹達にあっては昭和九年から、被告東亜合成にあっては昭和六年から、いずれも化学製品製造の過程において触媒等に水銀を使用してきたことは、当事者間に争いがない。

《証拠省略》によれば、被告日本ゼオンは、昭和三一年一一月から小矢部川沿岸に化学工場(高岡工場)を設け、塩化ビニール樹脂を製造してきたが、その製造過程で触媒として無機水銀化合物である昇汞(塩化第二水銀)を使用してきたこと、右工場は塩化ビニール樹脂の量産工場として月産五四〇トンの設備で操業を開始し、昭和四八年頃には小矢部川の両岸に「荻布プラント」「二上プラント」の二つのプラントを有し、従業員数約六〇〇名で、その生産能力は月産約一万トンとなっていたことが認められる。

《証拠省略》によれば、被告日本曹達は、昭和九年から高岡工場で苛性ソーダを製造してきたが、その製造過程で金属水銀を陰極として使用してきたこと、右工場の生産能力は昭和一五年当時月産約四〇〇トンであったが、逐次その能力を増強し、昭和四一年当時で月産約三〇〇〇トン、昭和四八年当時で月産約八五〇〇トンに達していたことが認められる。

《証拠省略》によれば、被告東亜合成は、昭和六年から高岡工場で苛牲ソーダを製造してきたが、その製造過程で電極に金属水銀を使用してきたこと、そしてその月産能力は昭和四八年当時で約二一〇〇トンであったこと、又右工場で、昭和三〇年から四〇年まで塩化ビニールも製造しており、製造過程で触媒として無機水銀(昇汞)を使用してきたことが認められる。

第二水銀について

《証拠省略》によれば、次の1ないし3のことが認められる。

1  水銀の毒性

水銀は無機水銀(金属水銀、無機水銀化合物)と有機水銀(アリル水銀化合物、アルキル水銀化合物)とに分類されるが、それらは古くから毒物として知られ、その急性中毒または慢性中毒によって人体に種々の障害を起こすものである。無機水銀の急性中毒は、大量に水銀が体内に侵入した場合で、多くは自殺の目的で大量に水銀化合物を服用したとか、あるいは一時に高濃度の蒸気を吸入した場合にみられる。その主要症状は消化器系の障害と腎障害である。無機水銀の慢性中毒は、職業病として長時間少量の水銀蒸気が経気的に体内に侵入した場合が最も多く、ときに医薬品の使用により発病することもある。その主要病像は精神神経症状であり、頭痛・めまい・不眠・意識障害等を訴え、又症状として、口内炎・歯内炎・金属性味覚・流涎・ふるえ等もあげられている。一方、有機水銀の急性中毒は、直接皮膚に付着すると斑点・腫脹を伴った皮膚炎をおこす。大量の有機水銀が短時間内に入ると病状は極めて激烈で、はなはだしい場合には意識は混濁または消失し、狂躁状態・痙れん等が頻発して肺炎を合併して死亡する。有機水銀の慢性中毒は、その発病は徐々で主として神経系が侵され、とくにアルキル水銀化合物は激しい脳神経症状を呈する。有機水銀は、脂溶性・水溶性が高く、食物連鎖によって魚介類に高度の濃縮をもたらし、人体内に取り込まれた場合、無機水銀に比べ、その排泄は緩慢であり、腎・肝・脳等の体内臓器に長期間にわたり高濃度に滞留するためであるとされている。わが国では、熊本県水俣湾及び新潟県阿賀野川流域で発生した中毒事件が有機水銀化合物の中毒として知られており、その罹病者の症状として、はじめは上下肢のしびれを自覚し、言語障害を呈するようになり、さらに聴覚障害や手指のふるえが現われ、重症の場合にはときどき犬のほえるような声をあげたりしてまったくの狂躁状態を呈するに至るというものである。

2  自然界の水銀

水銀は、右のように人体に極めて有毒なものであるが、広く地殻・水域・魚介類・人体内などに存在し、われわれの生活環境を循環している。

水銀の地表での分布は極めて広範囲であって、ほとんどありとあらゆる自然界物質に水銀が見出され、又何ら人為的汚染なしに水銀が局在的に極めて多く存在する例も知られている。中でも、一般に河川の魚が〇・一~〇・四ppm、沿岸の魚が〇・〇一~〇・三ppm程度の水銀を含んでおり、マグロなどでは〇・三~二・〇ppmの水銀を保有することのあることが知られている。又、富山県内の河川の底質中の水銀量について、神通川水系で行われた調査(富山県・昭和四五年)では平均〇・三七ppmであると報告され、又同県内河川の魚は全く人為的要因なしに〇・五~一・〇ppm程度の水銀濃度を示すものがときに存在すると報告されている。

3  水銀の人為的汚染

わが国の環境の人為的汚染源としては、水銀取扱い工場、それに水銀農薬と薬品があげられている。ちなみに昭和三〇年、四〇年、四八年の水銀の国内需要量をみると、昭和三〇年が苛性ソーダ一六七・九トン、有機合成触媒一一六・七トン、無機薬品七七・七トン、農薬三七・八トンであり、昭和四〇年が触媒五九〇・七トン、ソーダ五〇五・二トン、薬品三四九・二トン、農薬二九一トンであり、昭和四八年がソーダ三三八・八トン、薬品八二トン、農薬六・八トン(但し四七年)、触媒三・三トンとなっている。

わが国では、昭和二八年ころから三五年ころにかけて熊本県水俣湾沿岸で、又昭和三九年から四〇年にかけて新潟県阿賀野川下流域でいわゆる水俣病が発生した。これは、チッソ水俣工場及び昭和電工鹿瀬工場においてアセトアルデヒド合成工程で生ずる有機水銀が廃液に含まれて魚介類に移行し、これを多食した人々に発生をみた中枢神経系の疾患であるとされている。

右水俣病の発生によって、わが国では有機水銀化合物の河川・港湾等への排水に強い関心が寄せられるようになったが、昭和四〇年ころから、底質中のある種の微生物が無機水銀を有機水銀化する能力を有することや食物連鎖により有機水銀が高濃度に蓄積されることが知られるようになり、水銀一般の人為的汚染についても強い関心が持たれるようになった。

第三水銀汚染魚問題の経緯

1  水銀汚染魚が日本国中の大きな社会問題となったのは、後記のとおり昭和四八年のことであるが、富山県では昭和四二、三年にも、小矢部川の水銀汚染が問題とされたことがある。《証拠省略》によれば、その経緯は次のとおりである。

(一)  小矢部川の下流及びその河口海域は昭和三六年に「公共用水域の水質の保全に関する法律」に基づく調査対象水域に指定されていたところ、富山県では、昭和四一年五月と九月に経済企画庁の委託を受けて、水質の予備調査を実施した。

その結果、河口部河川底質中に有機水銀の存在することが確認された。

(二)  富山県では、昭和四一年一二月と四二年二月に水銀の追跡調査を行った。その結果、水銀使用工場周辺の一〇地点中四地点の底質中から〇・〇三~〇・〇四ppmの有機水銀が検出(但し、アルキル水銀は不検出)され、また工場の排水については一一排水口中四排水口から〇・〇二~〇・七ppmの総水銀が排出されていることが判明した。

(三)  昭和四二年八月に有機水銀の種類究明がなされ、その結果昭和四三年一月、メチル水銀は八か所の底質のうち五か所から〇・〇一五~〇・一四五ppmが検出、工場排水からは不検出、エチル水銀及びプロビル水銀は不検出とされた。

(四)  さらに昭和四三年一月、小矢部川及びその上流の千保川、祖父川等の魚類についてメチル水銀の分析がなされ、その結果、平均値としてウグイの大に〇・一七ppm、ウグイの小に〇・一二ppm、フナに〇・二五ppm、ナマズに〇・八七ppm、ボラに〇・〇一ppmのメチル水銀様物質がそれぞれ検出された。

このとき、小矢部川上流の魚からもかなり高濃度の水銀が検出されている。

右の調査結果が出たため、昭和四三年三月、富山県と厚生省は漁業関係者に対して小矢部川流域での漁獲自粛を要望し、さらに流域住民の健康調査や頭髪中の水銀検査を実施した。

(五)  昭和四三年六月末に、富山県は厚生省と協議して、右の漁獲自粛要望を解除した。その理由は、

(イ)小矢部川の魚の汚染は、熊本の水俣や新潟の阿賀野川で水銀中毒事件が起った時の魚の汚染状況に比べれば、明らかに低い(魚の水銀濃度は一〇〇分の一ないし一〇分の一程度)、(ロ)住民の頭髪中の水銀量についても事件発生当時の水俣や阿賀野川におけるそれよりも明らかに低い、(ハ)汚染と工場との関連については明らかでないが、通産省及び富山県の指導により、工場関係も水銀除害施設の整備を行っており、排出の可能性は防止されるとみられる、というものであった。

2  昭和四八年に、いわゆる水銀汚染問題が起った。

《証拠省略》によれば、その経緯は次のとおりである。

(一)  昭和四八年三月二〇日、熊本地方裁判所で熊本水俣病損害賠償請求事件の第一審判決が言渡された。昭和四六年九月二九日の新潟水俣病損害賠償請求事件に次ぐものである。これによれば、熊本水俣病は、チッソ株式会社の工場排水(アセトアルデヒド製造設備排水)中に含まれていたメチル水銀によって、水俣湾及びその付近の魚介類が汚染され、これを長期かつ多量に摂食した付近住民が罹患した中毒性中枢神経病であり、原告患者らに対して被告チッソに総額九億円余りの賠償請求を認めたものである。

(二)  昭和四八年五月二二日の新聞に、「有明海に第三水俣病」なる見出しで、熊本大学研究班が天草・有明町で八人の水俣病患者が発生と報告した旨の報道がなされ、続いて同年六月八日の新聞に、「大牟田にも水俣病?」なる見出しで、熊本大学の診断によれば、福岡県大牟田市に水俣病症状を呈する患者が発生した旨、又六月一八日の新聞に、「徳山湾に水俣病類似患者」なる見出しで、山口県にも水俣病類似患者が発生した旨の報道がなされた。そしてこれらは、日本合成化学工業、三井東圧化学、徳山曹達、東洋曹達などの沿岸化学工場がその汚染源であり、全国各地にも同様の水銀汚染源があると報道された(もっとも、後になって右有明海、大牟田、徳山湾の患者はいずれも水俣病ではなかったと判明した旨報道された。)。

右のような報道が契機となって、水銀による第三、第四の水俣病の恐怖が全国に拡がり、富山湾もその一つとされた。

(三)  厚生省は、昭和四八年六月七日、魚の中でも水銀濃度の高いマグロの摂取量を規制すべく基準となる実験結果を発表した。それによると、成人一日の水銀摂取量は総水銀〇・〇五ミリグラム、メチル水銀で〇・〇三ミリグラム程度とされ、水銀一ppmの魚なら一日五〇グラム、マグロの刺身なら五切れ程度が限度というものであった。そして、厚生省は同年六月二四日、魚介類の水銀暫定基準と魚の安全な食べ方の指導基準を発表した。それによれば、魚介類の水銀汚染濃度基準は総水銀で〇・四ppm、メチル水銀で〇・三ppmであり、成人のメチル水銀週間摂取許容量は一七〇マイクログラムとされた。そして魚の摂取許容量は一週間に小アジ一二匹(一日二匹弱)、イカ二・三匹、ヒラメ一・八匹、サンマ五・八匹、イワシ一〇・二匹などというものであった(もっとも、右安全基準は非現実的であるとして二日後の二六日に、小アジ四六・二匹、ヒラメ六・七匹、サンマ二一・七匹、イワシ三八・六匹などと訂正された。)。

右六月二四日の厚生省の安全指導基準の発表により、日本中の全国民が魚の水銀汚染を身近かなものと感じると共に極めて強い恐怖感を抱き、その後暫くの間、いわゆる水銀パニックといわれる状態になったのである。

(四)  政府は昭和四八年六月一四日、環境庁で水銀等汚染対策推進会議を開いてその対策を検討し、そこで(イ)魚介類の水銀等汚染に対する暫定安全基準の早期設定、(ロ)水銀使用工場の総点検と環境調査、(ハ)危険地域の住民の健康調査、(ニ)漁民への操業停止などに伴う融資、等の措置を打出した。そして、昭和四九年九月までに水銀法による苛性ソーダ製造工場のクローズド化をはかる、昭和五〇年九月までに水銀法から隔膜法による製造に転換するよう指令した。

そして、政府の水銀等汚染対策推進会議は昭和四八年六月二五日、水銀汚染の有無の緊急調査を実施することとし、富山県の氷見海域及び魚津海域を含む全国九水域を環境調査実施水域として指定した。

(五)  水域調査の結果について、水銀汚染調査検討委員会は昭和四八年八月三一日に富山湾の魚介類の水銀調査結果を発表し、同年一一月九日にその最終結論を発表した。それによれば、氷見地先海域の調査結果は次のとおりであった。

(1) 魚介類調査

イ(漁場調査) 一三種類、一三二検体について調査した結果、平均総水銀含有量はいずれも〇・〇二~〇・二五ppmで暫定的規制値(〇・四ppm)を相当下廻っており、他の海域の魚との有意差は認められなかった。

ロ(市場調査) 魚津・氷見の産地市場で採集した富山湾産魚介類五一魚種、一八一八検体について調査した結果、はい貝を除く五〇魚種、一八〇二検体の総水銀の平均は〇・〇八ppmであり、総水銀〇・三ppmを超えた一〇魚種、三六検体のメチル水銀は〇・〇三~〇・二九ppmで、いずれも暫定的規制値(〇・四ppmと〇・三ppm)以下であった。

(2) 水質調査

氷見海域一九地点、伏木海域一六地点、工場排水口周辺七地点、小矢部川一〇地点で水質調査した結果、総水銀、アルキル水銀とも全地点不検出であった。

(3) 底質調査

イ(海域) 氷見海域一九地点の調査結果は総水銀が〇・一六~〇・六二ppm(平均〇・三七ppm)、伏木海域の一六地点の調査結果は〇・一一~一・九ppm(平均〇・五八ppm)で、アルキル水銀は不検出であった。

ロ(港湾) 伏木港一〇地点の調査の結果、総水銀は〇・〇一九~〇・七四ppm(平均〇・五七ppm)、アルキル水銀は五地点より〇・〇〇一~〇・〇〇三ppm(平均〇・〇〇二ppm)が検出された。

ハ(河川) 氷見海域に流入する湊川(十二町潟)六地点の調査の結果、総水銀は〇・二四~〇・四〇ppm(平均〇・二九ppm)、アルキル水銀は〇・〇〇八~〇・〇二八ppm(平均〇・〇一四ppm)、伏木海域に流入する小矢部川一〇地点調査の結果、総水銀は〇・〇二四~一・九ppm(平均〇・五四ppm)、アルキル水銀は五地点より〇・〇〇二~〇・〇一〇ppm(平均〇・〇〇六ppm)が検出された。

ニ(工場排水口周辺) 日本ゼオン排水口周辺については一五地点調査の結果、総水銀〇・〇三~二二〇ppm(平均二二ppm)、アルキル水銀〇・一二六ppmが検出され、日本曹達排水口周辺の三地点調査の結果、総水銀〇・二一~一・八ppm(平均一・一四ppm)、アルキル水銀〇・〇三~〇・二九二ppm(平均〇・一四〇ppm)が検出され、東亜合成排水口周辺の三地点調査の結果は総水銀一・四~三・六ppm(平均二・七三ppm)、アルキル水銀〇・〇〇四~〇・〇一〇ppm(平均〇・〇〇七ppm)が検出された。

以上の結果から、被告日本ゼオンの排水口周辺で一か所、河川底質の暫定除去基準(二五ppm)を超えており、底質除去が必要と認められたほかはいずれも基準値以下であり、氷見海域の魚の水銀汚染については全く安全とされた。

右調査結果の発表により、当地の水銀汚染問題も順次鎮静化に向ったのである。

(六)  富山県では、氷見・魚津の両海域が水銀汚染調査地区に指定されたことから、魚価の低落など同県内の水産関係業者は著しい影響を受けた。そのため県が仲介に入り、昭和四八年九月八日、富山県漁業協同組合連合会と被告らを含む水銀使用企業との間で総額七億余円の補償交渉が妥結、調印された。また同様に県の仲介で、昭和四九年三月四日、富山県の水産加工業者と右企業六社との間で総額一億八千万円の補償交渉が妥結、調印され、それぞれの支払がなされた。

但し、原告のみは右補償に含まれないものとされた。

以上の経緯、状況のもとで本件訴訟が提起された訳である。

第四不法行為の成否

原告は、本件訴訟において、被告らが水銀を含んだ工場廃液を長年にわたり小矢部川に排出し続け、これが氷見海域に流入した結果、そこでとれる魚に水銀汚染の嫌疑をかけさせるに至り、ついに氷見海域が政府の水銀汚染調査区域に指定されるに及んで、氷見産の魚を主たる原料とする原告の加工製品が販売不能となり、得べかりし利益の喪失等多大の損害を蒙ったと主張し、これに対して被告らは、いずれも小矢部川沿岸に化学工場を有し、工場廃液を小矢部川へ放流していたこと、化学製品製造過程で触媒等に水銀を使用していたこと及び昭和四八年六月二五日に氷見海域が水銀調査地区に指定されたことは認めているが、その余の原告主張事実をすべて争っている。

1  そこで先ず、被告らが水銀を含んだ工場廃液を小矢部川に排出していたか否かについて検討する。

前記のとおり、被告ら各工場において、塩化ビニール樹脂製造の触媒として、あるいは苛性ソーダ製造の電極にいずれも水銀を使用してきたこと及び各工場の廃液を小矢部川へ放流していたことは被告らも認めるところである。そして、《証拠省略》によれば、それら使用水銀は、一般に、一部は回収されるけれどもその大部分は費消され、製品中に、排気に、その他に失われるもの、廃棄物として処理されるもののほか、その一部が排水中にも含まれて環境に散出するものであることが認められるところ、前記認定のとおり、昭和四一、二年の富山県の調査によれば被告ら工場の四排水口の排水から〇・〇二~〇・七ppmの総水銀が検出されていること、又昭和四八年の調査においても被告ら工場の排水口周辺の河川の底質中に平均二二ppm、一・一四ppm、二・七三ppmというかなりの量の総水銀が検出(排水中からは不検出)されていることが認められており、これらの事実に《証拠省略》を総合すれば、被告らの水銀を含んだ工場排水が、昭和四八年九月ころに排水のクローズド化が完成するまで、早くは昭和六年ころから継続的に小矢部川に排出されてきた事実を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

もっとも、右各証拠によれば、被告ら各工場より排出される水銀はいずれも無機水銀(金属水銀又は塩化第二水銀)であって、アセトアルデヒド製造工程中に有機水銀が副成され、それが直接工場外に排出されたチッソ水俣工場や昭和電工鹿瀬工場の場合とは様相を異にするものであることが認められる。

2  次に、被告ら工場排水に含まれた水銀等汚染物質が小矢部川を流下し、富山湾の西側にある氷見海域に流入したか否かについて検討するに、《証拠省略》によれば、富山湾では潮流が主に東から西に流れていること、富山湾内のかなり広範囲にわたってその底質中に有機物の腐敗物やパルプ繊維が存在することが認められること等から、小矢部川を流下した工場排液は氷見海域に流入したことを推認することができる。《証拠判断省略》

3  被告らの排出した水銀が氷見海域に達したことが認められれば、同所に棲息する魚介類が水銀で汚染されたであろうことが推認される訳であるが、その排出された水銀は広い海域に出て拡散されることによりかなり希釈されることが予想されるところ、前記のとおり無機水銀は有機水銀に比べて人体に対するその毒性が弱く、しかも広く自然界にかなりの量存在することが認められるものであるから、被告らの原告に対する不法行為が成立するためには、被告らの排出水銀量が相当多量であって、氷見海域の魚が水銀に汚染されてこれを食品とするのに適さないのではないかと一般に疑わせるに足りる程度の水銀量の排出がなされたことが必要であると解される。すなわち、ことが食物に関する問題であるから、魚が現実に水銀によって汚染されていなくても、汚染されたのではないかと疑われる程度のことがなされればそれで足りるとともに、食品に供することに危険を感じさせる程度に汚染行為がなされる必要があると考えられるのである。

そこで本件において、被告らが氷見海域の魚に水銀汚染の疑いがかけられる程度に水銀排出行為をしたか否かについて検討する。

先ず、被告ら各工場の水銀使用量、消費量についてみると、本件証拠上はこれがかならずしも定かではないのであるが、《証拠省略》によれば、昭和四八年富山県調査によるそれは、被告日本ゼオンでは昭和三一年から四八年まで塩化ビニル・モノマーを六〇万五五八七トン生産し、そのための水銀使用量は四四・五五五トン、水銀消費量が四二・二三五トンであり、被告日本曹達では昭和九年から四八年まで苛性ソーダを七一万一三二七トン生産し、そのための水銀使用量は二九〇・三一八トン、水銀消費量が一四八・四九六トンであり、被告東亜合成では昭和六年から四八年まで苛性ソーダ(苛性カリを含む)を四六万七八〇〇トン、塩化ビニール・モノマーを昭和三〇年から四〇年まで三万二四九三トン生産し、そのための水銀使用量は一八七・三八三トン、水銀消費量が四二・八四五トン(被告三社の水銀使用量合計は五二二・二五六トン、水銀消費量合計が二三三・五七六トン)となっていることが認められる。

そして、右消費水銀中の一部の水銀が工場排水中に含まれて小矢部川に排出されたことは前認定のとおりである。ここで、被告ら各工場の排水中の水銀の処理状況をみると、《証拠省略》によれば、それは次のとおりである。

被告らはいずれも、従来、沈降槽を使用することによってのみ工場排水中の水銀処理を行ってきたものであり、水銀の除去についてその他格別の配慮をしてこなかったものであるところ、昭和四二、三年に小矢部川水銀問題が起ったことなどから、(一)被告日本ゼオンにあっては、昭和四三年ころから活性炭(吸着剤)による水銀処理施設を設け、昭和四五年ころからさらに凝集沈澱槽を利用して水銀処理を行ってきて、昭和四八年一一月ころに排水のクローズド化を完成したこと、(二)被告日本曹達にあっては、昭和四二年ころから鉄還元法による処理、昭和四六年ころから活性炭その他の吸着剤の併用による処理をし、昭和四八年九月ころに排水のクローズド化をしたこと、(三)被告東亜合意にあっては、昭和四二年ころから活性炭による水銀処理施設を設置し、その後沈降槽の改善等をなし、昭和四八年一〇月ころに排水のクローズド化を完成したものであることが認められる。

右の事実に、《証拠省略》を総合すると、被告らが生産量の増大と共に多量の水銀を使用するようになった昭和三〇年代から小矢部川の水銀問題が起きた昭和四二、三年ころまでは、被告らはいずれも沈降槽のみで排水中の水銀の処理をしてきたにすぎないのであるから、かなりの量の水銀を小矢部川に排出してきたと推認することができ、昭和四二、三年以降は県の行政指導のもとに右認定の如く吸着剤の使用や鉄還元法等によって排水中の水銀処理を行い、小矢部川への水銀の排出量の減少にかなりの成果を挙げてきたものと認めることができる(もっとも、《証拠省略》によれば、吸着剤による処理をしたとしても従来の水銀量の一〇分の一に減ずることができる程度であって、排水のクローズド化が完成するまでは排水中に水銀の含まれることを避けえなかったことが認められる。)。

そこで、排水中の水銀量についてであるが、《証拠省略》によれば、昭和四八年富山県調査による被告らの排水による過去のトータル水銀消費量は、被告日本ゼオンが〇・三八五トン、被告日本曹達が〇・九六二トン、被告東亜合成が〇・七一四トンとなっている。しかしながら、証人池添有朋の証言によれば、これらの数字は昭和四八年ころ測定した排水中の水銀濃度を基準として算出されたにすぎないものであることが窺われ、過去の被告らの排水処理状況を考えれば、右の量よりもっと多量の水銀が排水中に費消されたのではないかと推測されるのである。又、《証拠省略》は原告代理人が作成したという計算表であり、これによれば被告日本曹達の昭和二四年から四二年までの排水への水銀損失量が三九・五一一トンであると算出されているのであるが、《証拠省略》によれば、苛性ソーダ一トン当り一二一グラムという水銀損失量は塩水中に流出される量であって、排水処理後河川に排出される水銀量とは一致しないものと解され、右の数量まで河川に排出されたとみるには疑問がある。

右にみたように過去の工場排水中の水銀量を測定・確認することはなかなか困難なことであるが、ここで注意すべきは、本件は氷見海域の魚に水銀汚染の疑いをかけたというものであるところ、この水銀汚染魚の問題は昭和四八年にはじめて起った出来事ではなく、先にみたとおり昭和四一、二年ころからこれが問題とされてきたということである。

しかるところ、昭和四三年の富山県調査によれば、前記(第三の1)認定のとおり、小矢部川の魚については、ナマズに基準値を超えるものがあったほかはいずれも基準値を相当下廻る水銀量であったものであり、水俣湾や阿賀野川の魚に比べれば一〇〇分の一ないし一〇分の一程度の水銀量であって、食品として安全と認められ、まして河川の魚より水銀濃度の低い氷見海域の魚は安全とされていたのである。しかも、被告ら工場より上流で採れた魚に高濃度の水銀が検出されていた。従って、被告らの各工場が最も多量に水銀を排出してきたと認められる昭和四二、三年当時においても、被告らの水銀排出行為によって、氷見海域の魚が食品として適さなくなったことがないことは勿論のこと後に国が定めた基準値近くにまでも魚の水銀濃度を高めたということもなかったのである。このことは、その時点までにおいて、被告らに、氷見海域の魚に水銀汚染の疑いをかけさせるに足りる程度の水銀量の排出行為がなかったことを意味するといわなければならない。もっとも、行政基準に達していない一事をもって、食品として有害でないと断定することはできない。けだし行政基準は、かならずしも十分な知識のもとに設定されているとはいえず、又それは純粋に科学的立場から定めた健康保護・生活環境保護の維持に立脚した基準ではなく、現実の汚染状況や防止技術と経済的可能性等を考慮前提としたうえでの基準と考えられるからである。しかし、人体や魚に現実の被害の発生していない本件の如き場合においては、国の定めた基準値をもってその安全性の重要な尺度とすることはやむを得ないことであり、かつ相当であると考える。

次に、昭和四二、三年以降昭和四八年当時までにおいては、被告らにおいて排水中の水銀量の減少に努力してきたことは前記のとおりであり、従って排水中の水銀量は従前に比べ格段に減少したものと考えられる。例えば、《証拠省略》によれば、被告日本曹達及び被告東亜合成の排水中の水銀分析値が昭和四三年以降減少していることが認められる。又、被告ら工場の未回収水銀量と当時問題となった他工場のそれとを比較すると、《証拠省略》によれば、昭和四八年五月二五日及び六月一日通産省発表による未回収水銀量は、チッソ水俣工場が二二四・四トン、昭和電工鹿瀬工場が三四トン、徳山曹達徳山工場が三〇七・〇五七トンであるのに対し、被告日本ゼオン高岡工場が七・七トン、被告東亜合成高岡工場が〇・九トン(被告日本曹達高岡工場は不明)とかなり少ない量となっていることが認められる。そして、昭和四八年一一月九日の水銀汚染調査検討委員会の調査結果によれば、前記(第三の2(五))認定のとおり、氷見海域及び被告ら工場排水口周辺の水質中には総水銀は検出されず、底質中の総水銀はおおむね基準値以下であり、氷見海域の魚は平均総水銀含有量がいずれも〇・〇二~〇・二五ppmであって、暫定的規制値〇・四ppmを相当下廻っており、しかも他の海域の魚との有意差は認められなかったのである。

以上のことからすれば、氷見海域が水銀調査地区に指定された昭和四八年六月二五日当時までに、被告らが氷見海域の魚(原告製品の原料であるアジ、イワシ、カワサなど)に水銀汚染を疑わせる程度の水銀量を小矢部川へ排出していなかったことが明らかであるといわなければならない。

4  そうであるとすれば、以上の事実関係(但し、昭和四八年一一月九日の調査結果を除く。)が当時一般に正しく報道・認識されていたならば、氷見海域の魚については原告主張のような製品の販売不能という事態には至らなかったと考えられるのである。すなわち、水産加工業者である原告に、仮に原告主張のような損害が生じたとしても、その損害と前記被告らの排水行為との間には、もはや法的な責任を被告らに認めるべき相当因果関係を認め難いといわなければならない。

よって、被告らの原告に対する不法行為はその成立を認めるに足りる証拠がないから、原告の請求はその余の点について判断するまでもなく理由がないことに帰するものである。

第五結論

以上の次第で、原告の被告らに対する本訴請求は理由がないからいずれも失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 雨宮則夫 裁判長裁判官窪田季夫は転補のため、裁判官出口治男は退官のため署名押印することができない。裁判官 雨宮則夫)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例